スペシャルティーコーヒーは誰にとってスペシャルなのか

スペシャルティー_20150220

コーヒー業界にも流行りがあるようで、ここしばらくは「サードウェーブ」とか「スペシャルティー」というキーワードをよく目にするようになりましたね。エランズカフェではこのどちらからも距離をとっています。

今回は「スペシャルティーコーヒー」についてのお話。

「スペシャルティーコーヒー」は定義されていない?

コーヒー特集の雑誌や、コーヒー豆屋さんの店頭で当たり前のように語られている「スペシャルティーコーヒー」ですが、実は定義がはっきりしていないようなんです。

SCAJ (日本スペシャルティーコーヒー協会)の前会長だった、「バッハコーヒー」の田口護氏は、著書「スペシャルティーコーヒー大全」で次のように説明されてます。

「そもそもスペシャルティーコーヒー自体に確たる定義がない。思うに、定義してしまう「不都合」より、定義せず曖昧なままにしておく「好都合」を、みな暗黙のうちに了解しているようなのだ。」 P10

煎じつめれば<際立った風味特性をもち、氏素性のはっきりした、折り紙付きの高品質コーヒー>ということになるのだが、前述したような事情で、いくぶんまだるっこしい。どのようにも解釈できそうな、八方美人的な定義になってしまっている。」 P12

ものすごくざっくり言うと、「すごいコーヒー!」です。
もうちょっと詳しく言うと、「産地が農園までわかっていること」と「カッピング審査」を受けてること、の2点のようです。

具体的には、「スペシャルティーコーヒー」とは広い意味では高い代金がとれる特別な豆で、狭い意味では「カップオブエクセレンス」などの賞を受賞している豆、ということになります。

日本における「スペシャルティーコーヒー」の歴史

LOHAS(ロハス)ブームとコーヒー豆相場の暴落

「スペシャルティーコーヒー」の盛り上がりは、LOHAS(健康的で持続可能性のあるライフスタイル)ブーム(2002年~)と、コーヒー相場の大暴落(2001年)が大きく関係していそうです。(ちなみに日本スペシャルティーコーヒー協会の設立は2003年)

大量生産・大量消費ではなく、「顔が見える生産者」から購入したいという消費行動の成熟と、先物相場の動向に左右されないためのリスクヘッジとして、直接取引を促進させたいというコーヒー豆業界の思惑。この2つがマッチしてつくられた流れが「スペシャルティーコーヒー」とか「シングルオリジン」だと思います。

団塊世代の定年退職

日本のスペシャルティーコーヒーブームを語る上で、もうひとつ重要な要因として、団塊世代(1947~1949年生まれ)の現役引退も関係していそうです。

団塊世代の人が60歳の定年を迎えたのが2007年~2009年くらいです。2006年の法改正の影響で定年の年齢を65歳に引き上げた企業も多いので、正確には、2007年から2012年が団塊世代の引退ラッシュでした。2008年のリーマン・ショックを機に退職した人も多かったようです。

引退した団塊世代の人たちの一部が、「第二の人生」として選んだのが喫茶業界でした。

「青春時代に通った喫茶店のマスターに憧れて、自宅を改装して趣味を活かしたお店を開業!」、そんなお店が次々にオープンしました。

コーヒーのお店を開きたい、でもコーヒーの事はよくわからない。そんな人に「〇〇農園」・「〇〇賞受賞豆」という、いわゆる「ブランド戦略」がうまくハマったんじゃないかと思います。

メディア受けのしやすい「履歴書」と「受賞豆」

また、メディアもコーヒー特集を組む時に、コーヒーの来歴がはっきりしている事は便利でした。「パナマ ボケエテ エスメラルダ ゲイシャ ナチュラル」などと書いておけば、珈琲に詳しくない一般読者も「なんかスゴそう」と感じます。

もちろん、スペシャルティーとかシングルオリジンは日本だけのブームではなく、他の国にも浸透している現象ですが、日本には日本の特殊事情があったと推察するのです。 良いとか悪いとかではなく。

ただ、あまりにも「履歴書」や「受賞豆」ばかりがもてはやされすぎて、なんだかな~、という思いがするのです。

材料自慢で終わりませんように

「どっちの料理ショー」の功罪

「どっちの料理ショー」という料理バラエティー番組をおぼえてらっしゃるしょうか。関口宏さんと三宅裕司さんが司会で、2006年まで9年間続いた人気番組でした。

その中の「本日の特選素材」というメインコーナーでは、目玉素材の生産地を密着取材し、いかにその素材が素晴らしいかをドラマチックに描いていました。

味を伝えることができないテレビでは、料理を口にする芸能人のオーバーアクションとともに、素材の受賞歴をふくむ「履歴書」がとても重要です。

全国各地の食材にスポットライトが当たったことで、苦労が報われた実直な生産者も多かったでしょう。また、高い付加価値のあるものを作れば高く売れるという流れを進めたことも、日本の食品業界に大きな影響を与えました。

その一方で、実際の味や品質よりも、いかに立派な履歴書をつくり、業界の人しか知らない賞の受賞歴を自慢し、感動的な「一生懸命物語」を声高に語るか、つまりブランド化というコマーシャリズムの論理が、生産者や消費者にも浸透してしまったことは弊害でした。

自慢?エクスキューズ?

料理や珈琲を口にしたお客様が、その味に違和感をおぼえて店の人へ率直に伝えたとします。素材至上主義に陥っている店主なら、こう言うかもしれません。

「おいしくない? この素材は〇〇産のスペシャルグレードで、△△賞を受賞してるんですよ?(あなたの舌がおかしいんじゃない?)」

腕のまずさを、素材やお客様の味覚のせいにすることがあっては、絶対にいけません。

フランス料理が美味しいわけ

世界三大料理のひとつ、フランス料理。目に美しいだけではなく、幸福な体験を与えてくれるその味は、かつて良い素材が手に入らなかった時代に発達した、と言われています。

食材は自然からの恵み。品質の良い時もあれば悪い時もあります。どんな時もお客様に満足していただきたい、熱い思いを持つシェフたちが試行錯誤をした結果、繊細な調理法や豊かなソースが生まれました。

必ずしも品質の良くない素材を美味しく昇華させる料理の技術は、良い素材が手に入った時には天からの贈り物のような逸品を生みだします。

美味しいものをコンスタントに提供するには、情報に惑わされず良い素材を見分ける目と、どんな素材も美味しくさせる確かな技術と、お客様に対する謙虚さだと、私は考えます。

結び

「スペシャルティーコーヒー」というキーワードがひとり歩きするあまり、「生豆がよければ焙煎や抽出なんてたいして重要じゃない」と言っちゃう人もいます。

昔に比べて良い豆が手に入りやすくなったことは歓迎すべきです。でも、良い豆と高い豆(ブランド豆)は違います。高い豆を使えば必ずおいしいコーヒーになるかというと、そんなことはありません。味作りのことも、もっと語られるといいな、と私は思うのです。

材料が大切なのは当たり前のことです。それをどう「料理」するのか。カフェオーナーのすべき事は、お客様の満足度・幸福度に責任を持つ、ということではないでしょうか。

長くなったので、焙煎やブレンドや抽出についての私の考えは、また今度お話しますね。